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●資料集めは重要

なかなかCGの仕事が上達しない人に共通しているのは、ろくに参考資料を集めない、もしくは集め方がヘタという点です。僕が自分の会社のスタッフに、いつも口をすっぱくして言っているのは

「自分の想像力を信じないこと。自分が作るものに関連する資料を可能な限りたくさん集めること」

です。昔なら写真集や映像集などの資料は本屋や図書館、ビデオ屋に足を運んで探すしかなかったのですが、今はネットでいろいろな資料がタダで見れるわけです。にもかかわらず、資料集めをしないで、ヘボいCGを作る人が実に多い。自分の内面を描くようなアート作品ならいざ知らず、フォトリアリスティックなCGを作る場合は手元にある資料は多ければ多いほどいいわけです。経験の浅い人でも、見本を渡して、これそっくりに同じものを作ってくれと言えば、そこそこ作れるんですね。ダース・ベイダーの顔を想像でリアルに描けと言われても、よほどのマニアでないと描けませんが、写真を見れば誰でもそこそこ描けるのと一緒、または書道で、経験のない人が何のお手本もなく上手な字を書くことはできませんが、お手本を見せてこの通りに書けと言えば、何となくそれっぽく書けるのと一緒です。できないできないと悩んでいる人に限って、ろくに資料を集めず、自分であれこれ想像しながら作っていることが非常に多いのです。

僕は仕事のできの半分は資料集めで決まると思っています。VFXとしてのCG制作というのはフォトリアリスティックな映像を作ることがほとんどです。僕がやっているような仕事は、黙っていればCGが使われていることすらわからないものが多く、後でこれCGなんだよと言うとビックリされることがよくあるわけです。そのような映像を想像だけで作れと言われれば、それは不可能に決まっています。逆に、自分が作ろうとしているものとほぼ同じようなシチュエーションの実写資料を集めることができれば、その通りにマネして作ればいいので、悩んだり手間取ったりすることはないのです。自分の想像する余地を可能な限り無くす―これがフォトリアリスティックなCGを作る際の鉄則です。勘違いしないでほしいのは、これは別に考えることをやめろと言っているのではありません。資料の写真のようなCGを作るにはどうすればよいかは当然考えなければならないわけです。ただ、人間はなぜ人間に見えるのか、犬はなぜ犬に見えるのか、花はなぜ花に見えるのか、何かに光が当たってこのアングルから見たときに、この部分はどういう色になるのかといったことは頭で考えてもわからないということなのです。

こういう仕事をやっていると、何かの真似をして作るということは恥ずかしい行為だと、妙な勘違いしている人が割といるんですね。クリエイティブな仕事だから自分の力だけで作らなければならないと。これは大変な間違いです。もちろん、映像作家としてオリジナル作品を作っているのなら間違いでもないでしょうが、VFXのCG制作というのは別にクリエイティブでもなんでもないですよ。まあ何をもって「クリエイティブ」とするかという問題はありますけれど、基本的には単なる技術職です。CG制作者が何か新しいデザインや美、物語等を生み出しているわけではないですからね。

ついでに言っておくと、いわゆる「クリエイティブ」な仕事を目指す人でも、最初の勉強は徹底した「真似」から入るのです。僕は東京芸大のデザイン科を出ていますが、最初の1年はデザインの勉強なんてのは一切しません。まずは動物や植物、人間など自然界のものを徹底的に観察して描写したり、塑像したりして、自然に潜む「美しさ」を見つけるための観察力を養う。そして次は西洋や日本の古典絵画をこれまた徹底的に模写して、その作品がもっている力や美はどこから来ているのかを探ったりするわけです。自分の発想で独自の絵を描いたりオブジェを作ったりはしません。とにかく最初の1年は「良い形、色、美とは何か?」「良い物をそうたらしめているものは何か?」ということを、自然や既に存在する芸術作品等から徹底的に探るのです。これらはただ漠然と見ているだけでわかるものではありません。徹底的に自分でそれを真似てみて初めて理解できるわけです。

良いものとは何か?を知らずに良いものを作ることはできません。先人が残した良いとされるものを真似してみるのは、自分の成長のために大変重要なことなのです。