<- Back

●観念と現実 〜 デッサン論

デッサンを勉強していない人の多くは「観念」で物を描いたり作ったりします。つまり物を観察することをせずに「自分の思い込み」で物を作るということです。ちゃんと物を見ないで描いたデッサンは「観念的なデッサンだね」と言われ、もっとも嫌われるもののひとつです。

たとえばみかんという果物があります。みかんと言うと実際にそのものを見なくても、「丸い」とか「オレンジ色」とか「表面がブツブツしてる」といった「みかんらしさ」というものを、ある程度頭で想像できるでしょう。これが観念、または先入観というものです。普通の人にみかんを渡して、これを絵の具を使って描いてくださいというと、ほとんどの人はこのような観念・先入感で描いてしまいます。本当に丸いのか、本当にオレンジ色なのか、本当に表面がブツブツしているのかといったことを疑ってかかることはありません。自分にとっての、みかんとはこうであるという観念によって描くのです。その結果、何となくみかんっぽいけど、本物のみかんにみえないねといった絵ができあがります。

人が風景などを写生する場合、目に映ったそのままを描くのではありません。目の網膜に投影されたそのままを描ければ、まるで写真のような絵が描けるはずです。でも実際はそうならないのは、そこに自分の主観、思い込みが入ってくるからです。網膜に写った映像は脳に送られ、そこで今までの経験に基づいた自分なりのロジックにより無意識に再構築されたものが、絵としてアウトプットされるわけです。自分では見たままに描いているつもりでも、そこには多かれ少なかれ、必ずこの思い込みが入り込んできます。

下の画像はこの「思い込み」を簡単に実感できるものとして、ウェブでよく紹介されているものです。



この画像のAのマスの色とBのマスの色はどちらが明るく見えますか? パッと見ではBのほうが明るく見えますよね。しかし実際にはAとBは同じ色なのです。Bのほうが明るく見えるのは、白黒のチェック模様では白が明るく黒は暗いという思い込み、先入感があるからです。

下図のように2つのマスをつなげると、このことが明快にわかります。



同じように人間の目の白目の部分は文字通り白いですよね。なので多くの人は顔を描くときに目を白く描いて、まるで目が光っているかのような絵になります。また「影=暗い=黒い」という思い込みがあるので、影の色をつくる場合、必ずと言ってよいほど元の色に黒い絵の具を混ぜます。でも実際は影の色は黒くはないし、色彩豊かなものです。

デッサンの勉強とは、これらの思い込み、先入感、観念を可能な限り排除して、あくまで客観的に目の前のものを捕える訓練でもあります。みかんは本当に丸いのか、オレンジ色なのか、常識や固定観念を疑ってかかり、主観にとらわれない観察力を身につけることなのです。なのでデッサン力を身につけるということは、単に絵が描ける描けないの問題ではなく、もっと広範囲に応用できる基礎力を身につけることになります。その結果、ツールが絵筆からコンピュータに変わってもその基礎が生きてくるというわけです。